豚に真珠

息子がやっと歩き始めたばかりの頃のことである。両親がドイツ旅行の帰路、パリに2泊するという吉報をよこした。それまでまだ一度も孫の顔を見ていなかった両親のために、私達3人はパリまで出掛けることになった。

しかし私の母にとって花の都パリは、豚に真珠であった。「ベルサイユ宮殿に行くくらいなら、孫と一日ホテルの一室にこもっていた方がいい」 と言う。せっかくだから、シャンゼリゼ通りくらいは行こうと誘っても 「おまえ達行っといで、ただし孫だけここに置いてけ」 とこうだ。そんなに言うなら、夕食だけでも近くのレストランでフランス料理を堪能しよう、とこっちが折れると 「自分は入れ歯で肉がダメだから、行っても無駄。」

日本の若い女性達はパリがお好き。しかし、私にはパリのいったいどこがいいのかわからない。ロンドンに住んだことのある私は、つい比べてしまう。 まず、あのフランスの朝食。クロワッサンにバターとマーマレード、そしてカフェ・オ・レ。確かにクロワッサンの味の良さは認めざるを得ないとはいえ… はっきり言って、パンにバターにコーヒー!! これだけの単純な朝食を美辞麗句並べて、超一級品のごとく響かせることのできるのは、世界広しといえども日本の女性族でなければ出来ない芸当。シンプルが粋を極めるなどとおっしゃるお方、日本の一流ホテルにせよ名もない民宿にせよ、ご飯とタクワンに味噌汁の朝食が出されたなんて話、聞いた事あります?

こういう思いでいたのは私だけではなかった。4ッ星プラスの最高級ホテルに泊まった私の両親は、星ナシ安ホテルに宿を取った私達とまるっきり同じ朝食だったと知って、アワを吹いてその場に倒れた(ウソ)。ドイツ国内の旅行中は山盛りの朝食を堪能してきたそうだ。両親と同じ団体で旅行していた皆様が、この仕打ちに隠しきれないショックをあらわに 「ドイツは良かった」 と異口同音。イングリッシュ・ブレックファストのボリュームに関してはここに改めて書くまでもない。

しかし何よりも、愛想のない人種なり、フランス人とは。ロンドンの街角で私が地図を取り出すと、必ず誰かが立ち止まって声をかけてくれた。目が合えばニッコリ、そして 「ハロー」 と言葉が出る。私が外国人だからというのではなく、誰でも皆そうするのだ。しかし、パリの人間は、目が合えばそらす、道を聞こうとしても無視する。地下鉄の切符を買おうとすれば、おつりの用意がないからと、きっちり額のコインを出さない限り売ってくれようともしないのだ。おまけにパリのタクシーの運転の乱暴なこと。そのうえ道を知らない。ロンドン・タクシーの運転手になるには、最初の1〜2ヶ月を自転車に乗ってロンドン中の通りを暗記しなければならないという。3度私達が乗ったパリのタクシーは、急停車に急発進、隣の車にぶつかりそうになったことも。いやはや寿命の縮まる思いであった。

こうして考えていたら、あの世界一美しい言語とされるフランス語さえ耳障りになってきた。「ほにゃらにょほはぁ〜」 というあの独特の鼻に抜ける言い回し、頭にくるほど理解できない。(短大ではフランス語のかわりにドイツ語を選択した私なので、解るわきゃない。) 勢いがついて、思いっきりパリへの不満を吐露した私。そりゃ、朝食以外はパリの方がロンドンよりおいしいかも… もちろん、また行く機会があったら行くけど… なんてことは胸の内でつぶやくだけ。 「つまり、あなた自身にとってもパリは、豚に真珠だったわけね。」 シャネルのスカーフを首にまいた日本の友人が深い深いため息とともにこう言ったのであった。



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ユーロビジョン・ソング・コンテスト

日本のテレビでも、5月13日のユーロビジョン・ソング・コンテストが同時放送されたと聞く。あの "アバ" がこのコンテストで優勝して以来はや幾年。そして、その権威や今いずこ? 今年の開催国は S 国。優勝した国が翌年のコンテスト開催国となるシステムである。コンテストの開催には莫大な費用がかかるので、優勝を避けるべく、各国ともあまりうまい歌手は出場させないことはよく知られた事実。

E 国は不覚にも過去2年連続で優勝してしまい、金策尽きて3年めにはわざとひどいのを出場させたともっぱらのうわさである。 とはいえ、いくらなんでも歌えない人間を "歌手" としてソング・コンテストに堂々と送り出す国々の度胸には度肝を抜かれる思いだ。特に I 国代表が、ダサダサのグループ名を漢字でハダカの胸にマジックでどでかく書いて観客の眼をくぎ付けにし、歌唱力をごまかそうとしていたのにはこっちが赤面させられた。

M 国代表グループはコーラスも合わず、全く歌になっていない。かっこだけは明らかにスパイスガールのイミテーション。彼女らの身内でなくて良かったと胸をなでおろしていたのは、私ひとりだけではなかったはずだ。マイクの握り方が西条秀樹を思い出させる C 国代表。彼のまわりをなぜか "黒子" が奇妙な動きをしつつうろうろしていたのが目障りだったのだが、歌も終わりに近づいた時、その "黒子" がぱっと被っていた黒いシーツを脱ぎ捨てた。姿を現したのがなんと、白いドレスに身を包んだ絶世の美女! 観客の内にどよめきが起こった。歌は C 国語だったので意味は皆目わからなんだが、ひょっとしたら 『みにくいあひるの子』 のストーリーだったのかもしれない。

大国 R 代表は平たい胸に金太郎のハラマキをして英語で歌っていた。クネクネ身体をよじらせて意味シンの目つき。やっぱりセクシーなのは人気がある。しかし大国 R の内政は現在混迷をきたしており、翌年のコンテストを開催するに足る経費が捻出できるとは思えない。採点の時に、自国の優勝を避けるべく、首位を争っていたライバル国に寛大な点を与えるという作戦をとっていた。

D 国はコンテストに年齢制限があるのも無視して中年の兄弟歌手を出場させたものの、それが逆にうけてなんと優勝してしまうというオチがついた。今年も、これをまじめに観ていた皆様には平身低頭おわび百万回、という結果に終わったのであった。

私個人としては、主催国代表のグループが迫力があって良かったと思うのだが、それはあくまでも好みの問題であろう。S 国とて2年連続開催国となるのを避けるべく、バックで太鼓たたいて踊っていたおばあさんのフリが微妙に歌と合わないように仕組んでの減点作戦が成功して、ほっとしていたに違いない。

きわめつけは、優勝国に贈られたトロフィー。S 国の才能あるガラス工芸師によるデザインなのだそうだが、どう見ても壊れたガラスのバケツを急きょセメダインで貼り合わせた、としか思えないしろものなのであった。 優勝は出場各国現地からの採点を合計して決定される。各々、地理上の隣国には良い点を与えて礼儀を尽くしているところがいじらしい。国家間の政治関係が色濃くあからさまに採点の方向に反映されているのにも驚きだ。我が身の安全を守るために、ここでその詳細を説くことは避けよう。

このコンテストを観るイギリス視聴者の76.241%が、これを 『コメディ』 とみなしている。今年見逃した日本の御同輩よ、来年こそはぜひ観よう。絶対に笑える!



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ネットサーフィン

最近は、イギリス留学中におけるインターネットの使用法についての質問をよく受ける。大都市にはネット・カフェがあるし、ほとんどの大きな街の図書館では、インターネットが使えるPC(パソコン)をたいがい無料で(時間や台数に制限あり)使わせてもらえる。

出発前に hotmail にアカウントをとり、図書館を利用して、日本とのメール通信をローマ字書きで行うという手もある。しかし結論から言って、留学先の教育機関のPCと、日本から持参したノート型PCと、合わせて利用するというのが得策。よっぽど人のいいお金持ちのホストファミリーにでもあたらない限り、スティ先にインターネットの接続をお願いするのはどうかと思う。「この日本人はいったい英語を学びに来たのか、それともインターネットをしに来たのか?」と疑われて当然の行動をとって、日本人一般に対する印象を悪くすることにもなりかねない。

教育機関にある英語環境のPCは、使用前に、その教育機関独特のメール・システム等についてよく聞くこと。ローマ字通信が耐えられない人は、まず自分のノート型PCの "ワード" などを使って、日本語で書いた通信文をフロッピーに保存する。教育機関のPC上でメールを作成し、宛先と subject を書く。そのメールにフロッピーで持参した通信文をそのまま添付すればいい。それをその場で開けようとすると、「開けられまっせ〜ん!」というメッセージが出たり、開けられたとしても文字化けしきっているが、心配御無用。日本で受け取った相手が開ければ、ちゃんと日本語で読める。つまり、この逆に日本からのメールを英語環境のPCで受け取ると、わけのわからん奇怪な暗号だらけであるが、これもフロッピーに保存して持ち帰り、自分のノート型PCで開くと、ちゃんと日本語で表示される。

英語環境PCでも、インターネットやメールを日本語表示に変えることはさほど難しくはないのだが、勝手にいぢくるのだけはやめよう。教育機関のPCは、ネットワークになっていることをお忘れなく。2ヶ月ばかり前のことだが、ロシア語を教えている同僚が、はからずもITルームの全PCをロシア語表示に変えてしまい、ITサポーターに大目玉を食らったという事件があった。

私自身、このところ自宅でネット・サーフィンをする時間がない。うちには病人と子供とペットがいるからだ。カレッジの休憩時間にITルームでちょっとやるのが精一杯。英語のページはその場で読むが、文字化けした日本語のページはそのままフロッピーに保存しまくって、自宅に持ち帰る。食事の支度をしている間に、息子に日本語環境のPCでエコノミーモードでプリントアウトしてもらって、それを寝る前や授業の合間に読んでいる。しかし「日本人が消費するわり箸のために木が大量に伐採されている上に…」と冷たい視線を浴びせられることが耐えられないので、紙の消費量を押さえる努力も怠るわけにはいかない。といって、まさかトイレットペーパーを節約するのもなんだ。ホームページのプリントアウトには、一旦使用済みの紙の裏側を使うのが一番。印刷ミスや試し刷り、余分に印刷してしまった、というのがごちゃまんと捨てられるカレッジの印刷部に頼んで、裏が使える用紙をとっておいてもらうことにした。

私はアナログ人間なので長時間PC画面を読むのが苦手で、プリントアウトしたものを読む方が楽だ。「ペーパーレス」なんて言う人間も多いらしいが、視力を弱くして一生の不便を味わうよりも、厚いファイルを主婦の細切れの時間に読んでいく不便の方が、ずっとましだと考えている。



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風呂−再び

このHPを訪れて下さった方から、メールで質問を頂いた。「イギリスの風呂場にはカーペットが敷かれているというのは事実でしょうか」 というものである。なんでもNHKラジオ 『基礎英語3』 の中にそういうシチュエーションがあるのだそうだ。しかし 「日本人の感覚からして信じられない、大変なカルチャーショック!」 というのである。

何を隠そう、我が家の風呂場(バスルーム)もトイレもカーペット敷きである。慣れというのは恐い。そういえばそうだ、変だよねぇ。「お宅のバスルームにも興味があります。いかにカーペットを濡らさずにお風呂に入るか。」 と質問は続く。たまたま我が家は 『基礎英語3』 と同じらしいが、フローリングの家もあればタイル敷きの家もあるし、全ての家のバスルームがこうだというわけではない。

シャワーカーテンが嫌いな私の家では、代わりに、バスタブのふちに沿ってガラスのスクリーンがある。これがあるのでシャワーは外側に飛び散らない。シャワースクリーンには1枚板式、引き戸式、じゃばら式などがある。

内装を変えるのが大好きなイギリス人は、お金と暇が許す限り色々なデザインのインテリアに挑戦する。DIYセンターに行くと、様々なアイディアが拾えて楽しい。

イギリス人の "take a bath" は、日本人の "風呂を浴びる" と異なり "ぬるま湯に浸る" という感じである。バスタブの内でも外でもゴシゴシ身体を洗うことがないので、ただでさえ浅いお湯をばしゃばしゃ波立たせることはない。そして、バスタブから出る前にお湯を抜く。つまり、栓を抜きバスタブの中で立ち上がり、お湯がひくのと同時にシャワーで身体についた泡を流し、身体を拭いてからバスタブを出るので、カーペットを濡らすことはないのだ。

金髪碧眼の美女が泡ブクのバスタブにつかっているという図が、おそらく大方の日本人が抱く洋式バスのイメージなのであろう。これは、バスクリンを湯船に振り入れて湯おけでかきまぜるというのとは、ちと違う手はずで出来上がる。まずバスタブに栓をし、泡の立つ入浴剤をじょぼじょぼと底に散らしてから、お湯と水の蛇口をひねるのだ。そうすると手でかきまぜなくとも自然に混ざってぶくぶくと泡が立つ。そこに、そろそろとドラキュラが棺桶に横たわるようにして入るのだ。

バスソルト(塩は肌にいいという説がある)やバスオイル(ハーブやアロマセラピーの類)などのように泡の立たないタイプの入浴剤もある。 クリスマスや誕生日に交換されるプレゼントとして、入浴剤(バブル、フォーム、ジェル、クリスタル、クリーム、ミルク、名称は様々)は人気がある。日本で石鹸タオルの詰め合わせをお歳暮やお年始に頂くのと似ていないこともないが、こちらでは小さな女の子同志で交換することもある、というところがミソである。

そのうちのひとつを手にとってよく読むと 『……肌の油分や皮膚の成分を失うことなくうんぬん』 とあるではないか。日本だったら 『毛穴の隅々まで汚れを落とし、老化した皮膚の組織を取り除き……』 とうたうところであろうに。古皮を剥きとって(?)洗い流さんとする祖国の風呂場での作業を、この異国の棺桶風呂では阻止されるかのような感がするではないか?

しかし、この魔の液体に身を浸しながら日本製の垢すりを使って身体をゴシゴシこすっている私。なにかつじつまの合わないことをしているなぁ…… と奇々怪々、かつ不便な異国暮らしは続くのであった。


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らりるれろ

「それって、レントゲンを撮る時に飲むやつだと思ってた。」 と私が言うと、配偶者が笑いをこらえきれないといった仕草で 「それはBarium (バリアム)、僕が言ってるのは Valium (ヴァリアム) だよ。」 よく知られた事実だが、日本人にとって の聞き分けは非常に難しい。また、発音する場合には、意識して作らなければ出来ない音である。イギリスに住んでいるがために、こんなややこしい言語で話さにゃならんとは不便なり。

Barium meal は胃のレントゲンを撮る前に服用するもの、Valium は精神安定剤で使用上の注意を怠ると中毒になる恐れもあるものである。「聞いて判らなくても飲んだら判るってところかな。」 そう言う彼につられて笑ってしまったものの、顔がひきつってしまう。

日本語のクラスで初めて五十音読みをやる時に、必ず問題になるのは、や行の後のら行である。当然と言えばあまりにも当然のことなのだが、最初はローマ字を使う。これがすごく不都合であることは、日本語を外国語として教えている人間なら、遅かれ早かれ気付かされる事実なのである。

「もう一度言って下さい。それって ra ですか? それとも la ですか?」必ず質問が出て一時停止となる。 「ここには ra って書いてあるのに、ra と発音しないってどういうこと?」中には文句を言う生徒までいる。ヘップバーン氏 (ヘボン式ローマ字の発案者) の偉大なる創作がもたらすカオス。

まず生徒に、日本人には の聞き分けが困難であること、聞き分けられないということは同時に の音を正確に作り上げることが難しいことを説明しなければならない。それを考慮に入れれば、外国人の "ら" が rala かという問題はさほど重要ではないのだ。上級に行くに従ってそれとなく発音を修正してあげるようにした方が、生徒のやる気をそぐようなことにならずにすむ。究極のところ、"ら" は "ら" なのだ。ローマ字なんかで教えるからややこしくなる。

もちろん最初のうちはいたしかたないが、一日も早くローマ字の呪縛から生徒を解き放つことが得策だと思う。 多くの日本語教師の悩みは、かなの使用を強制すると、生徒数が半減することだ。しかし、私はあえて最初からかなに時間をさいて教えることにしている。そうすると、生徒の発音はローマ字読みで慣らした生徒のそれより格段に良い。最初から日本語書きで教えると 「こういうものだ」 と思って生徒もいちいち文句を言わない。

初日に、私のクラスではかなをやること、かなを学ぶと発音も良くなること、友人知人にあなたの書いた日本語を自慢することができること(?)なども説明する。それが嫌だという生徒は来なくなるが、それはそれで仕方ないとわりきることにした。 生徒に動機づけをさせるコツとしては、かなを集中的にやっている間は、簡単なゲームをやったり、ビデオを見せたりするなど「日本文化っておもしろそうだな」 「日本語ってなんてユニークなんだろう」 「文字は難しそうだけどがんばって勉強しよう」 と思わせるよう最大限の努力をすることだと思う。

私自身の日本の塾で教えていた頃からの黄金律−それは 『高い月謝を払ってもらっているのだから、おもしろい授業をすること、そしてきちんとした授業をすること。そうしないと生徒はすぐ飽きる、親も納得できない授業には無駄金を払わない、ひいては自分自身が職を失う。』


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命取り

Aさんは、日本では看護婦さんだった。下の男の子にも手がかからなくなったので、先月から自宅近くの病院の採血係りで働いている。

「血を採ることは "昔取ったきねづか" で問題ないんだけど、採った血を検査用のビーカーやパレットに入れる時がねぇ…」 問題なのだそうだ。「日本にしてもイギリスにしても、医者ってどうしてあんなに字が汚いのかしら…」 タイプしてあるのはいいのだが、たまに医者の手書きのラベルがあって、これがAさんには読解不可能なのだそうだ。そういう時には、あたりにいる同僚に助けを求める。当然のことながらいいかげんなことは出来ない。命取りになりかねないというものだ。

短大時代のタイピングのクラスの最終試験は、予想をばっちり裏切って、なんと手書きの英文手紙をタイプするというものだった。徹夜でマージンの取り方や訂正記号をやっきになって暗記していた同級生が、あっちこっちでうぅ〜っという顔をしているのがわかったもんだ。こんなきったない字を書く人間の秘書になるのだけは御免だわ−自分自身のみみず字を棚にあげて、全員考えたことは同じだったと思う。

職場での手書きの英文読解の苦労は、私とて同じこと。初心者クラスでは文化比較鑑賞としていくつかビデオを観させ、日本文化に関する作文を英文で書かせることにしている。フルタイムの学生にはタイプして提出するよう指示するが、成人クラスの生徒にはタイプを強要しないため、手書きがほとんど。これを読むのがたーいへん!なのである。とはいえ、生徒の作文を読むのは非常に興味深いものだ。苦労しても読む価値がある。間違って読んでも、まぁ、死者を出す恐れもないところが、私の場合何と言っても助かる。

「それより」 とAさんの話は続く。「イギリス人って社交的だから、採血の間にも世間話をするでしょ、それに受け答えするのが大変だわ。そういう英会話は学校で教わるってわけでもないから。」

そこで私の脳裏に浮かんだのは、以前同じ町に住んでいたKさんのことだ。Kさんはその当時、某老人ホームに勤務するかたわら英語のクラスにも通っていた。 ある日のクラスで「Isn't it lovely!」("まぁ、すてきじゃない!" といった意味)を習ったそうだ。翌朝出勤すると、ひとりのおばあさんが近寄ってきて、もごもごと話しかけてきた。ただでさえわからん英語だが、言語障害の激しい高齢のおばあさんの言ってることは、ことさらよくわからない。しかし覚えたてのフレーズを使いたくってうずうずしていたKさん、頃合いをみはからって「Isn't it lovely!」 とやったところが、相手が猛烈に怒り出したそうだ。なんとこのおばあさん、先週亡くなった姉の葬式について話していたのであった。

Kさんはその後の2週間、おばあさんの視線を逃れようと、職場では忍者同然の行動をとっていたらしい。 「大変な失敗をやらかしたもんよね。」 Kさんがこう言うと、気の毒を通り越してコミカルだった。そして、皮肉なことに翌週習ったのが「I'm sorry to hear that.」(悲報を聞いた場合などの "それはお気の毒に" にあたる)。「今でもあのテキストブックを見る度に、第3課と第4課の位置を換えろっ!て言いたくなるのよ。」 しみじみと言ったKさん。 AさんもKさんも、この異国の地で、不便な生活を強いられている日本人なのである。


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紙と木の奇跡

窓に手の届かない私を助けてくれたのは、夕方のフランス語のクラスに来ていた生徒だった。
背の高い彼は、その二重窓を閉めてくれた後で、にやにやしながら私に言った。「日本の窓は紙と木で出来ているんだって?」ミレニアムを祝うこの年のイギリスに、今だに日本を "極東の神秘の国" と思いたがっている人間がいることには閉口させられる。

私が結婚するために日本を発つ時、生真面目な兄に言われたもんだ。「イギリスに行ったら、おまえ個人としてではなく "日本人" として見られていることを忘れるな。」そこで常々兄からの訓戒を守るべく、イギリス人の皆様には丁寧な受け答えを心がけている。しかしこれが正直言って、時にはすごく疲れる。

3つのカレッジとひとつの私立校で教える他にプライベートの生徒も抱えている私は、こと家事に関しては限りなく手を抜いている。とはいえここ3週間、癌を患っている義父を家で預かっていて、今日は精神的にも肉体的にも疲労コンパイの極地に達している。おまけに日本語の授業中ということでもなかったのをいいことに、私はこう答えた。
「はい。日本に多い地震や台風によって壊されることのないように、紙と木は強力な接着剤でつなぎ合わされています。ご存知かもしれませんが、この接着剤は人類初の月着陸の時、アームストロング飛行士がアメリカ国旗を月面に立てた時にも、使用されました。」ほら、と言って私は窓から見える月を指さした。「今でもあの星条旗の立っているのが見えるでしょう?」

彼の表情が完全に凍りついたのを確認した上で、私は続けた。「ところで、先日手にした日本からの雑誌には、イギリス人は毎日毎日ローストビーフを食べている、と思い込ませるような記事がありました。ああいうのは困りますね。外国の事情は、誤解のないよう正しく伝えられるべきだと思いませんか?」

確かに障子やふすまは紙と木で出来てはいるが、それは家の中のことである。外部の気象に耐えるべく作られているのではないのだから、この頑丈な二重窓と比べられてはたまらない。いくらハイテクの日本と言えども、強風や大雨に耐えられる紙と木の窓なんぞ作られる訳がないじゃないか。理屈でわからんのか?!

日本人は、海外の事情を取り入れるのにやっきになっている感さえする。テレビも雑誌も海外からの話題に溢れている。こんな片田舎に住んでる私なんかより、日本に住んでる友人の方がロンドンの事情に詳しかったりする。それに比べてこの国では『日本は中国大陸の一部ではない』という事実さえ知らない人間を、刑務所にも入れずに野放しにしている。

とにかくイギリス人の日本事情オンチには呆れるばかりだ。私の生徒には、初日に書面でアンケートに答えてもらうことにしているが、その中には「日本には行ったことがありませんが、ペンパルが香港に住んでいるので、日本語を学びたいと思いました」 なんてトンチンカンなことを書く女の子がいたりして、泣きたい気持ちにさせられる。日本語を勉強しようという人間でさえこうなのだから、フランス語をやってるこの生徒に期待するのも、お門違いと言えばそれまでだが……。

首まで真っ赤になってその後の会話をとりつくろうと努力した彼には、個人的な恨みがある訳ではない。そこで10分ばかり "紙と木の窓" についての詳しい解説をした。そして、私は胸の中で極東の方角に向かって片手拝みをしたのであった。兄上、ごめんなさい!


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サンタよさらば

イギリス人によると、あのトナカイの牽くそりに乗って子供達にプレゼントを配る赤い服を着たひげのおじさんは "ファーザー・クリスマス" だ、ということになっている。「あれをサンタクロースなんて呼ぶのはアメリカ人だろ」と言われて、日本で習う英語は『英語』ではなく『米語』なのだと改めて気付かされる羽目になる。

ほとんどの家に煙突があって、子供が書いた手紙にちゃんとファーザー・クリスマスから返事が来るようになっているこの国では、むしろその存在を信じない子供は村八分もんだ。うちの10歳の息子は去年まで信じていた。しかし、この夏休みに親友のジェイコブ君ちに泊まった時、5つ年上のお兄ちゃんに真実を告げられてしまった。それを知った配偶者は烈火のごとく怒って私に言った。「もう、ジェイコブなんかとは遊ばせないぞっ!」

皆様はお気づきだろうか「ファーザー・クリスマスが存在する」ということは、子供達はファーザー・クリスマスと両親と両方からプレゼントが貰えるわけだ。それも、ファーザー・クリスマスには何でもお願い出来るものと子供は思い込んでいるから、始末が悪い。しかし、ある知人の家では「クリスマスにプレゼントをくれるのは、ファーザー・クリスマスだけ」ということになっているそうだ。うちもそういうことにしとけばよかったと思ったが、時すでに遅しであった。

ファーザー・クリスマスの確固たる存在の秘密を守るがために、この国の親たちは涙ぐましい努力をせねばならない。

たとえば、やたら高価なもんを子供が欲しがった場合。「ファーザー・クリスマスは世界中の子供たちにプレゼントを買わなけりゃならないんだから、予算の範囲ってもんを考えなきゃね。おまえだけが高価なものを手に入れて、他の子たちにはチョコレート1個ってのは不公平だろ。」と、おごそかにその哲学を説かんとする親。

当日前に子供に見つかってはまずいというので、配偶者の甥っ子への自転車は、うちで預かって屋根裏に隠して差し上げたこともあった。子供が寝入るまで待たねばならない親、というのもつらい。当然のことながら、前夜、子供は興奮してなかなか寝付かないんだなぁ…… その上やっと寝たっつうんで、巨大なストッキングにプレゼントを大急ぎでかつこっそりと詰めて親も寝た、かと思うと、翌朝はやたら早く起きた子供に「見て! これ見て!」なんてたたき起こされる。そして眠い目をこすりつつ「わっ! すごいねぇ!」とか言って、初めて見たようなフリをせねばならない、自分が買ったのに……

一番困ったのは、息子が「もう手紙出したから」なんて言って、親の私にはファーザー・クリスマスに何をお願いしたか教えてくれなかった時。義父にスパイの役をやってもらったなぁ、あの時は。
何はともあれ、無事に今年もクリスマスが終わった。今年は特にファーザー・クリスマスがお亡くなりになった(?)がために、去年までのような苦労はせずに済んだ。

日本だったら当日のケーキと恋人同士のプレゼントだけで済むのに、この国ではやたら準備が忙しい。とはいえ日本の年末年始も、歳暮・年始・お年玉と何かしら頭を悩まされるものだ。どちらが不便か、私は審判しかねている。


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翻訳

ある日クラスの後で生徒に呼びとめられた。「kadanってどういう意味ですか?」― 花壇? 歌壇? 下段?…… ああ、日本語の同音異義語の多いこと。「どんな漢字かしら? あ、これは flower bed のことね。」一瞥すると日本の園芸専門雑誌のコピーみたいだった。急いでいたので「じゃ」とその場を離れようとすると、追いかけてきて「それから、これは? これは?」と尋ねる。「来週まで全部に読みがなをふってあげるから意味は辞書でひいて、出来るだけ自分の力で訳して持ってらっしゃい。それをチェックしてあげるから。」と言うと、それでは遅いと絶望的な顔をする。やむなく私は、ミーティングに遅れるのを覚悟でその場で全文の訳を口述し、それを彼女が速記で書き取った。

成人クラスには、タダの翻訳目当てというやつが来ることがある。第一日めに、日本語に訳してもらいたいと手紙なんかを持って来て、それを翻訳してもらったのを2日めに受け取ると、3日めからはクラスに来なくなるという手合いだ。しかしこれなんかまだましな方だ。ひどいのはカレッジを通してアポイントメントを取りつけて、私の休憩時間に押しかけて来るタイプだ。

この前来たのは売れない陶芸家だった。名前を日本語で書いて、自分の作品を日本に輸出するのが夢なのだそうだ。実は、北部にある****大学の日本語の教授に頼んで日本語で書いてもらったのだが小さすぎるので、それを大きくしてもらいさえすればいいのだそうだ。それを見せてもらった私は、笑っていいのか怒っていいのかわからなかった。それは「テー・エス」と手書きの紙切れ一枚。これは単に彼のイニシャルにすぎない。ひどい人間がいるもんだ。
私は翌日4種の字体を使って、彼のフルネームを縦書きと横書きの場合とワープロでプリントし、上、下、左、右、と厳重な注意書きを加えたのを速達で送って差し上げた。

最近は、イギリスでも漢字のはいったTシャツを着ている若者に出会うことも珍しくない。漢字の刺青をしているやつもいる。ところが中にはなんと "愛" が鏡字になっていたり "昨日" が日、乍、日、と "へん" と "つくり" がバラされて縦書きになっていたりするのにもお目にかかる。漢字の仕組みを知らない人間達のやりそうなことだ。これは、日本人が和英辞書というしろものに頼りきって作り上げる、へんな英語の入ったTシャツや広告と何ら変わりない。

その後「テー・エス」氏からは何の音沙汰もない。お礼の手紙を期待した私がアホなのだろうか。友人の中には、しかるべき請求書を同封すべきだったという人間もいるが。

とあるエキシビション会場で、私は初対面の女性と思いがけない会話をすることになった。「実は日本の園芸雑誌に私の庭のことが載ったのです。」初老の婦人は誇らしげに言った。「もちろん日本語ですから、ちんぷんかんぷん。そこで、友人で日本語を勉強している女性に見せたら翌日までに訳してくれて、本当に助かったわ。」

不便でも不都合でもないが、時には何とも言い難いイギリス生活である。


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親ばか

子供を持つ親と会話するのが、私は苦手だ。イギリス人はやたら自分の子供のことを誉める。私は自分の親が自分のことを他人の前で誉めるのを聞いたことがない。(おそらく、実際誉めるところのない子供だったからでありましょうが… )ので、言葉に窮してしまうのだ。こんな恥ずかしいことをせにゃならん国に住むのは不便じゃのう、と思ってしまう。

とは言っても、それは他人の前でのことだけである。今日は、買ったばかりの洋服を着た息子をわざわざ配偶者にお披露目し、その息子を二階にやった後で 「ね、かっこいいと思わない!?」と配偶者に耳打ちした。「うーん、本当にうちの子は上品な顔立ちしてるんだよなぁ。」 彼も完全に同意。しかし、こんな配偶者のあいづち程度で安心してはいけない。なにしろ以前、こんなことがあったからだ。

ある晩のこと、突然の思いつきで配偶者と私は、息子がちっちゃかった頃のビデオを観ようということになった。それを観るのは随分久しぶりのことだったので、ふたり並んでソファに座って、わくわくしながら、リモート・コントロールのスタート・ボタンを押したのであった。
しかしその間、そしてビデオが終わって暫く、ふたりとも恐ろしく無言になってしまった。やっと立ち上がった私がビデオを取り出す。と、眼が合ったふたりはほとんど同時に言った。「ねぇ、うちの子、変な顔してたと思わない?」

息子は逆子で生まれたせいか、頭の形がすごくきれいだった。おまけにきれいなピンク色の肌。金髪に濃い青い眼を大きく見開いたベィビーを看護婦さんに手渡された時、「え!? ほんとに私の子?」 かつがれているかと思ったほどだ。生まれたばかりの赤ちゃんはみんな、真っ赤でしわくちゃで猿の子みたいなもんだ、と考えていた私には大変な驚き。以来、私の妄想は留まるところを知らず、「我が子はビューティフル」と身内に豪語(さすがに他人には言わないところが奥ゆかしい)。こうなると親族一同を集団催眠術にかけたようなもんだ。成長するにつれて髪の毛も眼も茶色になったとはいえ、私は心の中で 「かわいい、かわいい!」 を百万回連呼していた。 "謙遜" という日本情緒溢れる言葉の存在を知らない配偶者に至っては 「こんなに美しいベィビーは今まで見たことがない!」 と大々的に公言してやまず、当然のことながら信じて疑わず。今にして思えば、全く恥さらしもいいところだった。

どうしてこんなに妙ちくりんで醜いのを、あれほどかわいいと思い込んでいたのであろう。ふたりともバミューダー・トライアングルの謎を解かんとする科学者の心境に陥っていた。しかし、答えはいとも簡単 - 単なる "親ばか" 。学生時代は沈着冷静?でその名を知られた私とて、人の子の親となった今、こんな間違いもおかす。ふたりとも苦笑いをしつつ、「金輪際、再び恥をさらすような真似はせぬこと」 を固く誓い合ったものであった。

私がこのことを今一度思い出させるべく配偶者に告げると、彼は語気も強くこう言いきった。「それは随分ちっちゃい頃のことじゃないか。今はまかり間違いなく器量がいいんだよっ!!」 つられて私も「そうよね。なにしろもう10歳だもんねぇ、もう決まったようなもんよね。そうよ、うちの子、絶対にハンサムよ!」

どこまでも懲りないバカ親なのであった。


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カニ

久しぶりに会ったAさんが、開口一番 「私、カニを食べたのよ!!」 と言った。「ほんと?」 思わずコーラスになってしまったもうひとりの日本人の友だちと私は、全身耳になって聞いた。

イギリスで "カニ" というのは "冷凍のカニ" を意味するようだ。Fresh Crab (新鮮なカニ) なんて広告を見ても興奮してはいけない。すでにばらされた白身と赤身だけの、ひょっとしたら何か他のもんが混じっているんじゃないかと疑わざるを得ない姿になっている。北海道育ちの私の母がみたら気絶しそうなほど、活きが悪い。

そのイギリスでさんが、生きたカニを殻付きで買って、自分んちで煮殺して(?!)食った、と言うのだ。「魚屋さんに注文してね、手に入れたの。結構大きくって恐かったけど。」 それで、「なべでぐつぐつとやって…… 」 もちろん、イギリス人の夫君と子供達も食べたそうだ。

そしてさんが提案する、「ねぇ、もう一個買って、日本人だけで集まって食べない?」 うーん、と私は考え込んでしまった。私には、その前にクリアしなければならない問題があるのだ。

少し前のことになるが、息子に 「マミィ、カニが怪我をしたら vet (獣医) のところへ行くの?」と聞かれたことがある。それから 「エビは?」 「クラゲは?」 と矢継ぎ早に来たので、その質問の発端がどこから来たのかがわかった。日本から来た中国でのカニ漁に関するビデオを、私と観ていた時のことである。

捕まえられたカニは高級レストラン等で食される。私の方は 「おいしそう!」 と観ていた。とは言え、網にかかって小船に引き揚げられたエビやカニは足をばたばたさせ、あわれでもあった。息子にとってエビやカニは "食べ物" ではなく "生き物" なのだ。「痛そう」 「かわいそう」 という風に彼の目には映っていたのであろう。かなりショックをうけていた様子だった。

我が家には、私と一緒にヨダレを垂らしてカニを見つめる同志はいない。その疎外感と、我が子の生き物に対するやさしさを喜ばしく思うのとで、至極複雑な心境に陥ってしまった。彼は動物愛護精神豊かな "イギリス人" であり、エビやカニに舌鼓をうつ "日本人" ではない。

幸か不幸か、我が家にはもうひとり "イギリス人" が住んでいる。それは私の身内の称する"金髪ヒゲの現地人" である配偶者だ。この配偶者とて例外ではない。いや、何を隠そう、彼は大変な動物愛護精神の持ち主だ。動物どころかこの家の屋根の下ではハエ坊クモ助といえども、殺さず外に逃がすよう条例がしかれている。この男に、妻の私が他の日本人達としめしあわせて、大ガニの殺傷計画をもくろんでいるという話が漏れてしまっては、それこそ私の方がかまゆでの刑にされかねない。問題はどうやってアリバイを立証させるかということだ。

金曜日、私は仕事の帰りにさんの家に寄って来ることを配偶者に伝えた。「日本語の本が何冊か届いてるっていうから。読書カニ、あ、いえ、その…… 読書かい (会) に行ってくるわね。」

ああ、何て不便なんだ! たかだかカニ一匹食うくらいで、舌がもつれる思いをせにゃならんとは。

 

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風 呂

日本人が長期の外国滞在で不便に思うものの筆頭に、欧米式のバスがある。

ホテル住まいならまだしも、普通の家のボイラーが、どっぷり身を沈める量の熱い湯を産出するに足らないことが判明した時、日本人の多くが失望落胆させられる。イギリス人の言う "take a bath" は「ぬるま湯にひたる」ことであるらしい。

しかし何と言っても、私は湯ぶねの外でごしごし垢を洗い落としたいのだ。日本に居たら即購入するであろうタライなんつうもんもないので、大きめのベビーバスを代用し、バス・タブの中に設置する。ベビー・バスの外(バス・タブの中)で思いっきり泡をとばして身体を洗い、シャワーで石鹸を流してベビー・バスで腰湯。こういう妥協案で息子も三歳半まで入浴していた。

私は洋服を着たまま息子を入浴させることになり、湯冷めを気にすることもない。先に息子をお風呂に入れて寝かしつけた後、ひとりゆっくり腰湯に入れるというのもいい。外国暮らしに不便はつきものだ、と私も悟りをひらかざるを得なかったのだ。

予想もしていなかった不幸、というのが時として起こるものである。
息子が二歳九ヶ月の時のこと、私の足にまつわりついていた彼が、突然 "ある事実" に気が付いたらしく困惑したように言った。「マミィ****ない」。私はなるたけ平然を装って答えた、「マミィには****がないんだよ」。日本の家庭では、父親にしろ母親にしろ子供を風呂に入れる人間が同時に裸でいるので、子供も自然に異性の裸体を見て育つ仕組みになっている。ところが、私のアイディアによる変な風呂に入っている息子は、女たちにはついていないものがあることを知らないで育ってしまったという次第である。

「心配することないよ、マミィ、お医者さまが治してくれるよ。」ショックから立ち直ったのか、息子はやさしく私を諭すように言ったもんだ。

そんなことがあってから、一週間ばかりたった頃のこと。冷凍庫からパイ皮を取り出そうとした拍子に、ソーセージが一本、ぽろりと飛び出してしまった。配偶者がそれを摘み上げ「****みたいだな」、と冗談を言った。花も恥じらうお年頃を太古の昔に過ぎてしまった私は、かっかっか… と笑う。その時、かたわらでおもちゃで遊んでいた息子が、突然走り寄ってその冷凍ソーセージを奪った。配偶者がそれを取り戻そうとする、「だめだよ、それは冷凍庫に入れとかなきゃならないんだ。」しかし、それをしっかと胸に抱きしめた息子は必死になって抵抗した。「これ、マミィのなんだ! マミィのなんだ!!」
訳が分からず面食らっている配偶者を無視して、私の方を向いた息子は、そのきれいなきれいな眼を見開いて言った。「これ、マミィのなんだよねっ、お医者に持って行けば治してもらえるよね!?」

心優しい息子よ。その時二歳九ヶ月の彼の眼の中には、天使がすんでいた。

 

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